理事長挨拶:IADP2015

心理療法家は何処へ行った?

    野に咲く花は何処へ行った?    時間だけが過ぎ去った。   
    野に咲く花は何処へ行った?    もう昔のことになった。   
    娘達が全部摘んで持って行った。   
    いつになったら分かるのだろう?                                            —ピートシーガーから引用—  

 メガ災害対応チームを組織し、東日本大震災によるPTSDおよびPTSRの予防と治療の臨床実践に取り組み始めたのは、2011年3月11日だった。PTSD/PTSRの治療と予防は、大災害被害の始まりのときから、救急対処がなされるまっただ中で、臨床トリアージによって展開されなければならない。そのためには十分に訓練された心理療法家がそのトリアージに参与していなければならない。東日本大震災においてはその備えと整えはおぼつかず、体系的なPTSD予防と治療的対処はなされなかった。結果、現在の様々な様態によるPTSDおよびPTSRの現れが、医学的に説明のつかない症候を伴う子どもの発達的問題に、青年の破壊的行動あるいは引きこもりに見られ、家族機能の障害、うつの蔓延化そして非常に多くの仮面うつの問題が広がっている。これは東北被災地に露になっている正に危機的事態であるが、臨床様態そのものは被災地に限られたものではなく、日本全体に慢性的に見られるものである。   

 心理的に傷ついた子ども達、青年達、うつに圧倒されている大人達はが、メガ災害被災救急の一次支援から二次支援においては、美しい野の花、暖かく優しい臨床支援者から安堵を得た。しかしそこから先,心の内にどっしり横たわる痛みや外傷をどう癒すことができるのかは、誰も分からなかった。結果、人々は無力感の荒野に追いやられた。野の花がすべてどこかへ行ってしまった後の荒野に、置き去りにされてしまったのである。これが東北における3.11被災による心的傷害を被った人々の過酷な現実であり、急速なグローバル社会化の渦中にある日本の至る所に見られる傷ついた心の慢性化した現実でもある。  

 これらの人々には、PTSD治療には避けられない陰性治療反応にも対応できるタフな訓練された心理療法家が必要である。非常に辛い精神反応や障害に苦しむ人々のために安堵感をもたらすカウンセラーや、精神科医、看護師、ソーシャルワーカーは多くいる。しかしながら辛さを超えて苦しんでいる人々の心を逞しくし、それぞれの人格の再構築を扶けることのできる心理療法家はほとんどいない。  

 被災地になくなった美しい野に咲く花を再び愛でたいと思うなら、荒れた地を耕し、種を蒔き、新たに逞しく育てることをしなければならない。有能な心理療法家の働きに期待したいなら、これも同じである。   

    心理療法家は何処へ行った?  時間だけが過ぎ去った。   
    心理療法家は何処へ行った?  もう昔のことになった。   
    苦闘よりもただ安堵がいいのか?   
    いつになったら分かるのだろう。  

 IADPのミッションは、メンタルヘルスの荒野に精神科医、心理士、看護師、ソーシャルワーカーの畑を耕し、新たにタフな心理療法家を育てる所にある。彼らを実践の地に呼び戻すだけでは全く足りない。美しい秋の熊本に集う参加者諸氏は、このようなわれわれの不可能なミッションを共にする新たな展望を得るであろう。熊本で会いましょう。

小谷 英文(国際力動的心理療法学会 理事長)