大会会長挨拶・理事長挨拶:IADP2014

第20回年次大会 大会会長挨拶

 フロイトの精神分析に始まり20世紀後半に大きく発展した力動的心理療法は、現在の日本において、存続の危機に瀕しています。われわれは、この危機を東日本大震災後の予防的・治療的対応において痛感しています。個人の孤立は深まり、愛する能力と働く能力を育み、表現することが難しくなっている現代社会において、身体性を持った治療者との関係の中で、タフな心を鍛え、心の自由と真実を追究する力動的心理療法の重要性はますます大きくなっています。しかし、今の日本社会には、困難な現実を否認し、人間の心の底力を軽視し、安易な問題解決や経済性を求める風潮が蔓延しています。そのような中にあって、私はIADP 20周年記念となる今年の年次大会を、力動的心理療法の文化を再構築する出発点にしたいと願います。フロイトはその人生の最期まで、人間の心の真実を明らかにせんという姿勢を貫き続けました。われわれの使命は、そのスピリットを引き継ぎ、フロイトおよびフロイト以後のアナリストやサイコセラピストによって構築されてきた理論と技法の吟味と精錬を行い、日々の臨床における患者・クライエントの方々との協働作業の中で心の自由と真実の追究を実現化してゆくための技法技術の鍛錬と研究を行うことにあると思います。
 英語の大会テーマの “Facing Critical Moments” には、力動的心理療法の危機に、東北の危機に、そして心理療法セッションにおける治療的変化と反復の分水嶺となるクリティカルな瞬間に、サイコセラピストとしていかに向き合えるのかという意味を込めました。Critical momentに向き合い、そこで創造的に働くことができるタフなセラピストになるためには訓練が必要です。IADPは、普通の大きな学会とは異なり、年次大会の全プログラムが参加者一人ひとりにとっての訓練の場であり、大会を通じて個人としても、グループとしても成熟することを目指しています。ぜひとも三日間通してご参加ください。今回の年次大会には、われわれの趣旨に賛同するヴェテランのアナリストやサイコセラピストが国内外から集まってくださいました。彼らにチャレンジし、彼らから学び、一人ひとりが互いに、そして自分自身にチャレンジする。参加者全員で切磋琢磨し、臨床家としての底力を鍛えるIADPらしい大会にしましょう。
 われわれは、この20周年記念大会を、昨年に引き続き福島県郡山市で行います。臨床家として、福島の危機に、東北の危機にいかに向き合い、働くことができるのか。心の危機に働く力動的心理療法の原点に立ち返り、ここから新しい力動的心理療法の歴史を作りましょう。若手からヴェテランまで熱い心を持つタフな臨床家の皆様のご参加をお待ちしております。

第20回年次大会大会会長
石川 与志也

大会会長プロフィール
1974年英国ロンドン生まれ バングラデシュ・ダッカにて幼少期を過ごす 国際基督教大学大学院博士後期課程満期退学
専門:精神分析的心理療法、青年期心理療法 単科精神科病院心理療法師、国際基督教大学高等臨床心理学研究所助手などを経て、現在、ルーテル学院大学専任講師 東京大学駒場学生相談所非常勤講師 PAS心理教育研究所サイコセラピスト 震災後から、宮城県等においてPTSDの予防・治療活動を行う 
主要論文:“On Joke: A Technique of Creating Psychological Safe Space for Schizophrenic Patients”、「青年期アイデンティティグループ—学生相談における可能性」「心的安全空間測定法」など

 

IADP理事長挨拶

From your President

長い道程
 昨年は、「天よ、我にスリーハンドレッドを」、2011.3.11以来の私の思いを掲げて、本大会を郡山で開いた。未だ天の声はなく、被災者は取り残されたまま、一般国民あるいは世界の関心から遠くなっている。未曾有の大震災と称された国内外の驚愕の反応と今なお重く出口なき悲嘆と痛みの中にある被災者の間には、遠い距離ができてしまったままである。
 被災から3年、4年と年を追うごとにその溝と距離は深まり遠ざかり、広島、長崎の原爆、沖縄の戦闘被害によるPTSR/PTSD被害が見捨てられた問題がまた繰り返されている。子どもたちの反応は顕著であり、家庭も学校も無力である。スリーハンドレッドの祈りも届かないわれわれのタスクフォースチームは、今や現地派遣臨床員数名で踏ん張っているに過ぎない。この問題の背景に、精神医療、心理臨床、教育臨床、教育現場における災害対応脆弱性が重く広く横たわっている。その問題に、われわれの専門性が深く関わっていることは見過ごせない。それが2年連続で本大会を福島の地で開催することとしたわれわれの危機意識である。
 トラウマおよびポストトラウマの雪だるま式傷つきが深まるのは、天災の問題ではない。人災である(Kotani, et.al., 2013)。とりわけ力動的心理療法、力動精神医学の専門性がこの問題には大きく関わっている、と私自身、深く傷ついている。幼稚園にも学校にもそして職場にも、PTSRおよびPTSDによる多大なストレス下にある子どもたちや大人たちがそれとは気づかず苦しんでいる。それが意識されたところで、助けを求める相手がいない。日常臨床、日常教育の現場に、臨床力あるいは教育力が目に見える形で展開していないのである。そのリーダーシップを取れるのは、PTSRもPTSDも目に見えず意識もされない性質故に、力動精神医療、力動的心理療法、力動的組織教育の専門家であるはずである。
 3年半を越えて、被災者臨床および心理教育にあたりアドヴォカシーを企て続けて来て、我が国に心理療法の実践専門家がいかにいないかを、いやというほどに突きつけられて来た。これが私の重いトラウマである。われわれは精神療法、心理療法の普及をどれだけ進めて来たのか。指定大学院制度を押し進め、資格らしきものを多発し、多くのカウンセラ?を派遣して来たことになっているが、PFA以上の働きは何もないままに彼らも無力感の中に傷ついている。確かな心理療法の訓練を受けている同志が、後300人いればという願いが虚しい現実は、多くのカウンセラーや精神療法家、心理療法家を出して来たはずと思いたい育てる側の歴史を歩いて来たひとりとして、愕然とした思いに陥る。
 日本の精神療法そして心理療法の歴史は、その実力が1970年代の頃まで戻ってしまっているのではないかと思える。いや、その時代の方が臨床現場に力動論が生きていたし、専門議論ができる師や学兄が身の周りにより多くいた実感の方が強い。爾来、心理療法への関心が薄まり、失われて来たのかもしれない。
 裏を返せば、力動的精神療法、さらには精神分析的心理療法の効果性と学問的豊かさについての関心を高める仕事をわれわれがなし得なかったのかという厳しい自戒の念に至る。
 本大会では、我が国の精神療法および心理療法のレジェンドをお迎えし、この厳しい現実に新たに向かい合うことから、自戒を再出発への道標に変えて行きたいと強く願うものである。
 60年を越えて、PTSDが重く症状化して現れる広島、長崎、そして沖縄の悲惨を、福島に、宮城、岩手に繰り返さないために、われわれはわれわれの専門性を観念の牙城から日常臨床の場に降ろして、成果を出し働ける仲間を改めて厳しく育てなければならない。
 本研究会は改めて国際学会としてのアフィリエイション登録を行った。今年大会を機に、力動的心理療法の日常性を目指した前進を図りたい。

国際力動的心理療法研究会
理事長 小谷 英文Ph.D, CGP

理事長プロフィール
1948年広島県広島市生まれ 博士(心理学)
専門:精神分析的心理療法 困難患者心理力動/技法 
略歴:広島大学助手、アデルファイ大学高等臨床心理学研究所客員研究員、New York Univ. Post-Graduate Medical School 集団精神療法過程修了 広島大学助教授、国際基督教大学教授 同高等臨床心理学研究所創立所長を経て、現 PAS心理教育研究所 創立理事長 
学会役職:国際集団精神療法集団過程学会元理事 集団分析的心理療法国際協会創立教授
復興臨床オーガナイザー:ライオンズクラブ心の復興プロジェクト:震災復興心理・教育臨床センター(仙台) 福島心の復興心理教育臨床センター(郡山)
主著:『Creating Safe Space through Individual and Group Psychotherapy』『現代心理療法入門』『ダイナミックコーチング』『ガイダンスとカウンセリング』『集団精神療法の進歩』