震災復興支援ニュース:「熊本地震-2年の経過を経て-」

熊本地震後の被災者支援・支援者支援を精力的に取り組んでいる宇佐美しおり先生(当学会会員・熊本大学大学院生命科学研究部教授)より、熊本地震より2年を経た現状と今後の課題についてレポートが届きました。

 

2018.5.7. 公開

熊本地震-2年の経過を経て-

 

宇佐美しおり(熊本大学大学院生命科学研究部看護学講座)

 

2016年4月14日・16日の熊本地震からすでに2年が過ぎようとし、記念日を迎えるにあたり新聞、テレビ報道が地震後の現状に対する評価と批判など、記事にしようと躍起になっている。しかしこれもまた記念日がすぎると忘れ去られるものとなるのだろう。

物理的復興も進み、全壊だった筆者の自宅周辺にも家が再建され近隣と再会することが可能になった。最も被害の大きかった道路は閉鎖されたが、それ以外は道路や橋も整備され、物理的には他の地域と変わらなく生活ができるようになってきている。物理的復興が進み時間がたつほど、被災者の心理社会的問題は抑圧され、さらに被災者であり支援者であった看護職や支援職は、被災地域において2-3年経過以降、離職やうつ、PTSDが進むことが世界の中でも報告されている(Mealer,Mら,2009;山本ら,2017)。

これらの結果をもとに、筆者は、小谷英文博士(PAS心理教育研究所理事長、国際基督教大学名誉教授、国際力動的心理療法学会(IADP)理事長)の治療支援を得て、熊本地震直後から、被災者であり支援者であった看護職の離職防止、特に抑うつ、外傷後ストレス障害(PTSD)、慢性疾患の悪化防止を目的とし予防介入プログラムを実施している。震災後1年間は熊本県看護協会とともに、2年目からはWHOの研究助成を受け、兵庫県立大学地域ケア開発研究所(増野園恵所長,山本あい子前所長)とともに、人々の健康を維持するための予防介入プログラムの開発・検証に取り組んでいる。熊本県看護協会と日本専門看護師(CNS)協議会を後援団体としてこれらの取り組みを後援してくれた。この予防介入プログラムは2つのパートに分かれ、増野園恵所長たちが実施する慢性疾患予防介入プログラムと看護職の離職防止を目的とし、離職の引き金となる抑うつ、PTSD予防・悪化防止のための予防介入プログラム(熊本班)がある。WHOはこの予防介入プログラムを警察や消防、行政職へも応用することを期待している。

熊本班の予防介入プログラムは2日間のprogramから構成され、自分の抑うつ、PTSDとどう向き合いながら仕事を継続するのかという公開相談、小講演のプログラムと、力動的集団精神療法ならびにセルフケア促進のための個別相談から構成されている。2年間で、力動的集団精神療法が延べ427名、公開相談が延べ351名、個別相談が延べ107名、専門家コンサルテーションが延べ15名、合計延べ900名がこのプログラムに参加している。またこのプログラムの評価をうつ状態のスクリーニングとしてCES-D、健康状態による生活の質評価としてSF-8、心の状態変化として小谷博士が開発したDCTR(Dynamic Change for Trauma Response,DCTR)を用い、介入前後、3か月後、6か月後で測定している。参加者のうつ状態は中等度のうつ状態で健康状態によるSF-8も他の研究と比較すると身体的側面、精神的側面双方とも悪い状態ではあったが、介入前後の心の状態は変化し、介入後に食欲、睡眠、重要他者への信頼度と愛情、仕事や生活への意欲が増していた。現在、3か月後、6か月後のデータ整備を行っているところである。さらに予防介入プログラムの内容を対象者の了解を得てテープ録音し、グラウンデッドセオリーアプローチ並びに事例分析を用いて分析を行っている。分析途中ではあるが、参加者は地震前に重要な人の喪失、重要他者からの身体的・性的虐待、はく奪体験を受け、地震の後に、仕事におけるトラブルが引き金となり、トラウマ反応、抑うつが強くなり仕事の継続が困難になっていた。しかし看護管理者ならびにCNSがその状態に気づき、予防介入プログラムへと導入した対象者であり、自分の状態への気づきから開始し、意識したセルフケアへと展開を助ける必要のある対象者であった。また事例分析では力動的集団精神療法で自己の安全空間をgroupメイトリックスの中で気づき、グループの安全感に支えられながら個人の怒り、悲しみ、虚しさに気づいて自分で表現し、さらに自分の欲求に触れながら自分の生活の再構築を図っていた。そして、継続して参加することで自分の生活を意図的に展開できるセルフケアが可能になっていた。

これらの予防介入プログラムを実施できる人材は医療界、精神看護の領域には少ないことが今回の地震を契機に明らかとなり、筆者は、専門看護師(Certified Nurse Specialist,CNS)として、高度実践看護師(Advanced Practice of Registered Nurse.APRN)に必要なスキルであると考えている。海外においては、APRNのCNSならびにNP(Nurse Practitioner)がカトリーナ、台風、竜巻、大洪水、テロなど大災害や人的災害後のトラウマ治療に対しAPRNが取り組めるようResilience Trainingに取り組み始めたが、看護の学部、大学院教育にトラウマを含めたうつや人格障害患者への治療がかけていることが報告されている(Wheeler,K,2018)。日本においても身体疾患を有し急激なインフォームドコンセントや病名告知、治療展開にうつ状態やトラウマを有する人たちが増えてきており、また自分の衝動や欲求が言葉で表現できずに身体・行動に身体化、行動化として表出する患者が増えてきており、看護管理者や看護者を通じてケア困難患者と表現され、CNSがこれらの患者に出会い治療・看護ケアを展開することが多い。

CNSが困難患者と出会い、患者が改めて自分のセルフケアを意識的に取り戻していく過程に対する治療展開をPAS-SCT(Psychoanalytic Systems – Self-care Therapy,パスーセルフケア治療)と呼び、筆者は小谷英文博士の指導の下、この技法の理論整備と介入技法の開発、検証に取り組み始めた(小谷,2018)。

現在取り組みの真っ最中であり、今後APRNが実施できる普遍的技法として位置付けていきたいと考えているが、震災支援が日常の専門家としての気づきを促進し方向性をもたらしてくれている。

 

引用文献

  1. Mealer,M.Burnham,L,Ellen, Goode, J.Colleen., Rothbaum, B.,Moss, Marc.(2009): The Prevalence And Impact Of Post Traumatic Stress Disorder Andburnout Syndrome In Nurses,Depress Anxiety. 2009 ; 26(12): 1118–1126
  2. Wheeler,K.(2018):A Call For Trauma Competenceis In Nursing Education,24(1),P20-22,Journal Of The American Psychiatrc Nursing Association.
  3. 山本あい子・宇佐美しおり(2017): Development Of Specific Care Strategies To Maintain And Recover Among Survivors’ Health After Disasters,WHO RESEARCH PROPOSAL.

編集責任者 理事(編集担当) 嶋田一樹