大会副会長挨拶:IADP2016

nakajima photo 中国哲学において、人と人との間にあるものとして、心はつねに重要な場所でした。心は、誰かの物理的な境界の中に閉じ込められたものではありません。それは、人が誰かに関わるときにはじめて立ち現れてくるものです。しかもその関係は、抽象的なものにはとどまらず、必ず身体的で言語的なものです。

心に基づく学問は近世になると心学と呼ばれ、日本にも大きな影響を及ぼしてきました。心学の中でもとりわけ陽明学は、その後、近代においてその役割がさらに大きくなり、日本さらには東アジア全般において、心に関するアプローチの一つの類型を示していきました。それは「誠」や「誠意」の強調に典型的です。近代的な内面を有した個人を作り上げてゆくのに、ある程度貢献したのでしょう。

しかし、近代に光と影の両方がつきまとうように、心学の利用にも光と影があります。戦争や災害のような、わたしたちの通常の心のキャパシティを越えた事態に直面した後に、ただただ心の強化だけでは、かえって心を崩しかねません。

おそらく必要なことは、心学以前の中国哲学の知恵も回復することだと思われます。それは、身体的で言語的な所作を通して、人が誰かに関わることによって、お互いの心が変化し、さらにはわたしたちの世界のあり方の変容までも展望することです。

典型的なものは、『荘子』の「物化」(他のものに変化する)の思想で、夢に胡蝶となるという句を耳にしたこともあるのではないでしょうか。それは儒家にも強い影響を与え、性という本質そのものが変化する可能性まで言及されました。考えてみると、それらは戦争と災害の時代に編み出されてきた思想ですので、今日にも示唆を与えることが多いのでしょう。

今回の大会では、心理療法と中国哲学の対話が大きなテーマとなっています。そのために、この大会はIADPとUTCP(共生のための国際哲学研究センター)との共催となりました。UTCPはこれまで国際的な研究のネットワークを作りながら、共生について考えてきたセンターです。この対話を通じて、近代を射貫きながら、危機の時代の心に関する想像力を新たなものにできればと念じております。

第22回年次大会大会副会長
中島 隆博
(東京大学東洋文化研究所教授)