理事長挨拶:IADP2016

危機介入

 精神分析、心理療法は不安に対処するものなのだろうか。哲学はどうだろうか。いずれもその本質は危機と対峙するところにあるのではないだろうか。本学会今大会に、哲学そして何より中国哲学との出会いを求めた理事長としての思いはここにある。

 阪神−淡路、東日本大震災、そしてまたもや不測の衝撃をもたらした熊本地震、われわれはどこまで危機に対応できているのか。他方、日常生活においては引きこもりやうつの蔓延化、家族機能の低下に伴う虐待、学校や組織におけるスケープゴート(いじめ)は深刻化の一途をたどっている。薬を始めカウンセリングやソーシャルスキル、ソーシャルサポートと、不安への対処は多様に展開されているが、本質が外されているのではないかと問う必要があろう。個人の自己破壊行動に介入する中国の哲学者が、カウンセリング活動の展開を極めて積極的に押し進めている現場に、昨年参画した。不安への対処とは異なる「今ここにある危機に向き合い、対処する」ということには、日本社会よりも遥かに現実感があった。不安には目を向けるものの、死の脅威にある危機からの回避にわれわれは馴染み過ぎていると私には思える。日常臨床と東日本−熊本と続く大震災臨床の現実における私の実感である。

 言うまでもなく精神分析や心理療法は臨床の仕事の中に本来の価値がある。臨床の原点は死の危機に臨むものであるから、その仕事の本質は危機にあるに違いない。ソクラテスの毒盃、戦国時代に諸侯を巡った孔子、渾沌を説いた荘子に思いを馳せるなら、哲学が危機に挑戦する知の集積であることは言うに及ぶまい。

 エネルギーは粒と波によって波及することを物理学は明らかにしている。破壊のエネルギーも然りである。われわれ現代人の世界は今や破壊の波に晒されている。理想の論議に託すのみでは波に呑まれてしまうのが危機である。哲学は社会の波に強い。精神分析は社会の粒、個人の力学に強い。システムズ理論はシステム間の力学に強い。今ここそこにある世界の危機、そしてそのうねりの中で翻弄されている個人の危機、この事態に破壊から生産へのエネルギー転換の創造的力学を追究するのが、われわれ精神分析的心理療法を基軸とした学際国際学会IADPのミッションである。

 昨年の学会大会を豊かに開いていただいたその地が揺れ、会場であった熊本大学の建物が破壊のエネルギーを諸に受けてしまった。そこにある危機を超えるリーダーシップを担って熊本から、また東日本大震災が残したままのPTSD、放射能被曝の脅威に立ち向かっている宮城、福島から、9.11を経験したニューヨークから、そして中国からはアクションする哲学者たちが本学会22回大会に集う。危機の時代故の危機臨床そして日常臨床、さらに危機の大波に一歩も引かない哲学のパワーを東京大学駒場キャンパスに終結させよう。危機を創造に変える力学を分かち合って、今と未来を変えるために。

国際力動的心理療法学会理事長
小谷 英文, Ph.D., CGP

 

理事長プロフィール

1948年広島県広島市生まれ 博士(心理学)国際集団精神療法師(USA;CGP)
専門:精神分析的心理療法 集団精神療法 困難患者心理力動/技法
略歴:広島大学助手、アデルファイ大学高等臨床心理学研究所客員研究員、New York Univ.Post-Graduate Medical School 集団精神療法過程修了、広島大学助教授;国際基督教大学教授、同教育学科学科長、同教育学研究科科長、同高等臨床心理学研究所創立所長、同名誉教授;日本集団精神療法学会元常任理事、国際集団精神療法集団過程学会元理事、集団分析的心理療法国際協会創立教授.
現 PAS心理教育研究所 創立理事長
主著:『Creating Safe Space through Individual and Group Psychotherapy』『現代心理療法入門』『ダイナミック・コーチング』『ガイダンスとカウンセリング』『集団精神療法の進歩』